今さら・・・でも、放哉

今から5年前の11月・・・。
ふっと思いつきで オットとふたりで小豆島に行ってきました・・・。

夫は映画村と西光寺に行きたい!!

私:西光寺って・・・・??

オット:尾崎放哉が最後に行きついた場所だ。

私 : 放哉って???

気ままな2泊3日でした。

オリーブ園→醤油蔵→木造の学校→映画村→何もない街並みの散歩・・・。

小豆島土庄町淵崎「西光寺」では 
階段が多く オットは登りきれず 折角の放哉のお墓にはお参りできませんでした。

代わりに私が登って、写真に収めて 高台から オットにここにあるよ~~と手を振りました。
放哉が終焉を迎えたお寺の入り口の「南郷庵」で オットは思いを馳せていました。

オットが何かにつけて 放哉や山頭火の句を 自分の心境に合わせて
口にすることが よくありました。

なので 本を読むと オットの口から よく聞いていた句は 
山頭火の句だったのか!とか放哉だったのか!とか 聞き覚えの句がたくさんあります。


肺がんの余命いくばくもない自分(オット)の命と
放哉の晩年を想い、オットはどんな心境だったのだろう・・・?

放哉が友人に書いた手紙
「この土地・・・冬、寒気、烈風・・・書いて居てもイヤなれ共・・・放哉、この庵が気に入ってしまつた・・・
考えてみると、スッカリ周囲から解放されて、他人の顔を見ないでもよし、他人と話をしないでもよし、只、イツモ一人で・・・静かで・・・此の厭人主義ノ私ニ、スッカリ気に入ってしまった、冬は寒風ハイヤだが・・・なる可く・・・この庵で・・・他人と、スッカリ(手紙以外ニハ)交渉を絶ツテ・・・(不自由、貧弱ダケレ共)・・・自由勝手な、放哉一人の天地デ、死なせてもらいたい・・・薬も呑まねば・・・死期もせまるだろう、或いは激変もあるだろう、そして、早く、・・・此の「庵」で死なせてもらいたい。

放哉
明治18年誕生(鳥取県)
明治38年 東京帝国大学(法学部)入学
明治44年 東洋生命入社(結婚)
大正10年 退職(酒癖が悪く手の付けようがなく、左遷されての退職)36歳
        退職と共に 妻とも別居する

その後 世捨て人となり あちらこちらのお寺の下働きをしながら
小豆島にたどり着く。 

享年41歳・・・。

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古本・ギャラリー 閑古堂
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by natumikan52 | 2014-04-01 12:37 | 生活 | Trackback | Comments(0)
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